藤枝市議会 2019-06-18 令和 元年 6月定例会-06月18日-04号
1項目め、藤枝市出身の文学者の中で、村越化石をどのように位置づけているのか伺います。 2項目め、平成3年(1991年)紫綬褒章を受章するも、平成13年(2001年)になって、ようやく、故郷の岡部町でその名が知られるようになりました。そのため、他の文学者に比べ、知名度が低いと感じられます。市民に広く知ってもらうための今後の方策について伺います。
1項目め、藤枝市出身の文学者の中で、村越化石をどのように位置づけているのか伺います。 2項目め、平成3年(1991年)紫綬褒章を受章するも、平成13年(2001年)になって、ようやく、故郷の岡部町でその名が知られるようになりました。そのため、他の文学者に比べ、知名度が低いと感じられます。市民に広く知ってもらうための今後の方策について伺います。
天災は忘れたころにやって来ると言ったのは、科学者であり文学者でもある寺田寅彦だそうですが、最近では忘れないうちにやってくるような感覚になってしまいました。災害復旧している時間もないほど立て続けに来た台風被害、そして大阪、北海道の地震被害と、自然の猛威に見舞われている日本列島ですが、予報によれば22号台風が発生したのこと。さらには、秋台風は大きくなるとも言われています。
この碑はさまざまな出会いの起点と位置づけておりますが、井上靖文学作品に登場する三島駅が現在の御殿場線の下土狩駅であり、丹那トンネルが開通するまでは、東海道線の三島駅であったこと、また、当時は駿豆線の発着駅で、伊豆方面への玄関口となっており、夏目漱石、川端康成といった文学者もここから伊豆へと旅をしたといわれていることに由来しております。
そして、津波でも、引き波による取水口露出の可能性、押し波による砂丘や防潮堤破壊の可能性、著名な記録文学者の吉村昭さんの三陸海岸大津波という本がありますけれども、これによりますと、明治29年の津波では、津波の回数は翌日正午までに大小合計数十回に及んだというふうに記されております。 耐震設計審査指針で盛り込まれた残余のリスク、こうしたものについては、原発自身も認めざるを得ないのでありました。
281 ◯16番(森野善広君) このノーマン・ミネタ氏以外にも全国的に有名なのが、女優であり、また女優以外でも活躍されている冨士眞奈美さん、また、古い話になりますけども、清水村の時代に児童文学者として活躍した佐々木 邦さんなど、いろいろさかのぼって、亡くなられた方も含めてあると思うんですね。
この間も、文学者で表彰された方も言っていましたけれども、日本は核の爆発による被曝国であり、平和利用だといって、核納器なりの中だけで、あれだって爆発ですから、核分裂ですから。いって、また放射能の洗礼を受けちゃったんです。何にも安全事業じゃないんです、すりかえなんです、人間の。そういうふうにあの方はおっしゃっておりましたけれども。
例を挙げてみますと、三島市の偉人といたしましては、祇園原用水の矢田部盛治さんとか、児童文学者の小出正吾さん、佐野美術館創立者の佐野隆一さん、三島市の発展に寄与した花島兵右衛門さん、また現役世代では詩人の大岡信さんなどが取り上げられております。
次に、4項目め文学館の学芸員の配置についてでございますが、従来より、優秀で意欲ある学芸員のもと、指定管理業者とともに特色ある文化財展示や小川国夫氏はもとより、藤枝の地にゆかりのある文学者の紹介や企画展を開催して、魅力ある郷土博物館、文学館経営を図っているところであります。
郷土博物館、文学館及び国指定史跡志太郡衙跡、史跡田中城下屋敷の4施設は、本市が誇る歴史や文化、さらには小川国夫を初めとする文学者に関するさまざまな資料を収集、保存するとともに、その魅力を全国に向けて情報発信するための重要な拠点として位置づけています。
藤枝静男は、小説家であると同時に眼科医、浜松市東田町で開業しつつ、志賀直哉を初め多くの文学者と交流する中で輝かしい業績を上げてまいりました。日本の文学史上特筆すべき作家の一人です。また、浜松市勢功労者でもあります。今、文芸館は、郷土の生んだすぐれた文芸作家の業績を次代に引き継ぎ、市民文化の向上を図るため、収蔵品を中心にした平常展、作家、ジャンルに視点を当てた企画展を開催しています。
次に、4項目めの「ふじえだ文学フェスティバル」の検証と今後の活用についてでございますが、藤枝文学フェスティバルでは、藤枝市文学館をメイン会場といたしまして、藤枝ゆかりの文学者、芸術家の顕彰と紹介する企画展、またゆかりの場所を散策するガイドツアー、そして蓮生寺での童謡コンサート、あるいは上原まりさんの琵琶演奏と盛りだくさんの催しを実施いたしました。
次に、松本亀次郎顕彰事業につきましては、市内の土方出身で後の文学者魯迅や政治家の周恩来に代表される中国人留学生の日本語教育に一生を捧げたその偉業をしのぶ事業として、旧大東町で平成 7年に先生の没後50年を記念して、第 1回友好使節団として中学生10人ほかを派遣したことに始まりました。
そのほか、井上靖など、とりわけ三島にゆかりのある文学者等についても、伊豆地域との連携を深めながら、誘客に生かす取り組みを進めることも有効であるというふうに考えております。 もう1点でございますが、平成20年9月定例会におきまして、路線バス各社とコミュニティバスを融合させた新しい交通体系についての提案の進捗状況と、乗り継ぎの利便を向上させる方策についてお答えいたします。
移動図書館事業は昭和40年代に始まりましたけれども、専用の図書館車は昭和51年に、三島市出身の児童文学者小出正吾氏の寄附をもとに導入されました。現在の移動図書館車・ジンタ号は、初代から数えまして3代目を平成5年3月に購入したもので、現在まで16年間運行しております。車両は3.5トン積みのトラックを改造したもので、常に約3,000冊の図書を積みまして、市内の28カ所の地域を毎月巡回しております。
当てにしていた文学者の作品の寄贈が中止になって、具体的な構想が消えました。そして、また、文化施設に対する市民の期待が大変高いということで、岸邸と同様に、本美術館も基本的なグランドデザインを感じていくということでございますが、今までのお話を聞いていますと、ほとんど寄贈と収蔵が主になっているのかな、そんなふうな構想に感じております。
また、生涯学習センター事業では、藤岡武雄氏から近代文学者の資料等を寄贈いただけることにより、2階フロアに日本文学資料館が新設されることとなりました。文学資料館は、文学に関心を持つ多くの市民が待望したものであります。これを機会に、文化都市三島を目指し、三島にゆかりの深い文学者の資料館へとさらに拡大していくことを望みます。
内容は、現在郷土ゆかりの歴史に残る文学者が紹介され、多くの人に見ていただけたならと思う内容の充実した展示がされています。しかし、本町タワーの1階に買い物には来ても、ふるさと歴史文学コーナーを見るために4階まで来てくださる人は多くありません。この際、見直しをして、このスペースを子どものために開放し、子育ての支援に使ったら、より有効だと思います。
次に、生涯学習センター事業では、歌人、斎藤茂吉の研究で知られ、日本歌人クラブ会長も務められました元教育委員長であり、文芸三島選考委員長の藤岡武雄先生が所蔵されております茂吉関連資料を初め、近代文学者の貴重な資料等を御寄贈いただけることとなりましたことから、2階フロアに日本文学資料館を新設し、今秋を目途に市民の皆さん方にもごらんいただけるように整備したいと考えております。
文学館につきましては、このオープンによって蓮華寺池公園の付加価値が増すとともに、藤枝市ゆかりの文学者、芸術家の作品を通じて藤枝独自の文化を全国に向けて情報発信をしてまいりたいと考えております。
また、2009年に開催される国民文化祭では、郷土の偉大な文学者に光を当て、木下杢太郎フェスティバルを実施し、その文学作品、絵画、医学的業績などの顕彰をします。